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1章 M&Aの基礎知識
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ここでは、M&Aの歴史を述べるにあたって、M&A先進国のアメリカと日本の歴史について述べる。 まず、アメリカでは19世紀末より第一次M&Aブームが始まり、基幹産業である石油や鉄鋼・鉄道などでの一大統合が進んだ。有名なのが、1882年1月にスタンダード石油などがスタンダード石油トラストを成立させたことである。トラストとは、独占を目的とした企業の全面的な結合のことで、その参加企業に巨額の独占利益をもたらす結合である。また、その一大結合が進んだ後、独占に対する世論の批判が高まり、1890年にトラストを禁止するシャーマン反トラスト法が成立した。しかし、企業結合は対象外となっていたため、1890年代から20世紀初頭にかけて多くの水平統合が行われた。これらの特長が第一次M&Aブームである。そして、1907年の恐慌によってこの第一次M&Aブームは幕を閉じた。 その後、1918年に第一次世界大戦が終結を迎え、世界経済の主役がヨーロッパからアメリカに移行した。そのような中、その頃の好調な株価に支えられて、アメリカは第二次M&Aブームを迎えた。第二次M&Aブームは第一次M&Aブームとは違い、1914年に成立したクレイトン法の影響によって水平統合から垂直統合へと移ることとなった。また、このブーム時の主役は振興勢力である食品や自動車メーカーであった。その後、第二次M&Aブームは1929年の株式市場の大暴落から起こった世界恐慌によって終焉を迎えることとなる。 次に、第三次M&Aブームとなったのは1950~1960年代で、このブームの特徴として、独占禁止法にて水平統合や垂直統合への規制がきびしくなった為に、コングロマリットと呼ばれる業種の異なる会社を買収していくM&Aが頻発した。このことにより、企業の多角化が進み、それまで無名だった会社が様々な業種の企業買収を繰り返して巨大企業へと変貌していった。なお
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ここでは、M&Aの歴史を述べるにあたって、M&A先進国のアメリカと日本の歴史について述べる。 まず、アメリカでは19世紀末より第一次M&Aブームが始まり、基幹産業である石油や鉄鋼・鉄道などでの一大統合が進んだ。有名なのが、1882年1月にスタンダード石油などがスタンダード石油トラストを成立させたことである。トラストとは、独占を目的とした企業の全面的な結合のことで、その参加企業に巨額の独占利益をもたらす結合である。また、その一大結合が進んだ後、独占に対する世論の批判が高まり、1890年にトラストを禁止するシャーマン反トラスト法が成立した。しかし、企業結合は対象外となっていたため、1890年代から20世紀初頭にかけて多くの水平統合が行われた。これらの特長が第一次M&Aブームである。そして、1907年の恐慌によってこの第一次M&Aブームは幕を閉じた。 その後、1918年に第一次世界大戦が終結を迎え、世界経済の主役がヨーロッパからアメリカに移行した。そのような中、その頃の好調な株価に支えられて、アメリカは第二次M&Aブームを迎えた。第二次M&Aブームは第一次M&Aブームとは違い、1914年に成立したクレイトン法の影響によって水平統合から垂直統合へと移ることとなった。また、このブーム時の主役は振興勢力である食品や自動車メーカーであった。その後、第二次M&Aブームは1929年の株式市場の大暴落から起こった世界恐慌によって終焉を迎えることとなる。 次に、第三次M&Aブームとなったのは1950~1960年代で、このブームの特徴として、独占禁止法にて水平統合や垂直統合への規制がきびしくなった為に、コングロマリットと呼ばれる業種の異なる会社を買収していくM&Aが頻発した。このことにより、企業の多角化が進み、それまで無名だった会社が様々な業種の企業買収を繰り返して巨大企業へと変貌していった。なお、このブームの終わりは、1968年のリットン・インダストリーズの大幅減益発表による株価下落がきっかけであり、このことによってコングロマリットの成長神話が崩れ、第三次M&Aブームは終息した。 第四次M&Aブームは1980年代に入って勃発し、メガディールが多く見られる業界再編M&Aが頻繁に起こった。その頃のアメリカは、ベトナム戦争後の低生産性に悩んでおり、産業界は業績の回復と国際競争力をつけるために、業界再編へと動いたのである。(いつなぜ終焉したか。) 次に、日本のM&Aの歴史について考察する。 自由な競争による資本主義を原則とするアメリカに対し、遅れて近代化への道を歩み始めた日本では、政府が音頭を取って上から資本主義を育ててきたという違いがある。財閥の誕生は、国の手厚い保護のもと、次々に会社を買収・合併してその傘下におさめたことによって起こった。また、財閥膨張の課程では、アメリカで見られたような独占への牽制や規制は働かず、逆に戦時中は、産業界の再編成を目的として政府や軍部の整理統合も進められた。 戦後は、民主化政策の一環として財閥が解体されたが、その後でも政府主導で再編される事例が出ている。石川島重工と播磨造船所、八幡製鉄と富士製鉄の大型合併などがその代表例である。そのほか、日本では経営危機に陥った会社を取引先などが吸収合併する救済型M&Aも多くみられた。たとえば1983年10月に、セラミックスを中心とした電子部品メーカーの京セラが、カメラのヤシカを吸収している。 その後、1980年代には、日本企業は円高や対外貿易収支の不均衡などを打開するために、より安い原材料や生産拠点、販売拠点を獲得するために、アジアや中南米各国、アメリカなどに積極的に進出するようになった。とりわけ、1980年代後半は急激な円高、好調な国内の株式市場や土地の高騰を背景に、日本企業はアメリカの名門企業を次々と買収した。一方、1990年代に入ってからは、バブルの崩壊により日本は大きなダメージを受け、1980年代に起こったM&Aの多くが平成不況のなかでその清算を余儀なくされるという結果に至った。 この時、1990年代はそれら赤字事業や低収益事業を清算し、比較的優位にある高収益事業に資源を集中させる「選択と集中」という事業再編のためのM&A、平成大不況のなかで相次いだ大型企業倒産の処理手段としてのM&Aが多く見受けられた。その頃から、政府も日本企業が事業再編を行うために法改正をし、株式交換や会社分割の制度を導入するなどM&A法制のグローバルスタンダード化・M&A手法の拡大を行い始めた。 その結果、現在我が国は空前のM&Aブームの時期を迎えており、企業買収から利潤をあげることを目的とする投機ファンドが次々と設立されたり、敵対的買収をしかけたり、以前の日本の企業社会では見られなかった現象が相次いでいる。このことより、後述するが、日本は企業風土の国際化を図り、投資家や株主寄りの政策を取る方向へと移行した。 (図、「日本の企業風土の変化」図解雑学M&Ap.51)
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